説明
1976年パリ試飲でスタッグス・リープを勝利に導いた伝説的ワインメーカーが辣腕をふるっていたワイナリー
ボーリュー・ヴィンヤード(BV)
フランスやイタリアを始めとする欧州のワイン産地地からの移民により、既に幾つものワイナリーが存在した19世紀末の北カリフォルニアで、フランス人のジョルジュ・ラトゥールもまた、ワイン造りの新天地にナパヴァレーを選びました。ボーリューが設立された西暦1900年当時、ボーリューが本拠を置いたラザフォード地区は、後に特級扱いを受けるカベルネ・ソーヴィニヨンの産地として名を馳せていました。
アメリカはその後禁酒法が施行され、ワイン産業はまさに暗黒の時代を迎えますが、セントヘレナのベリンジャーと並んで、ボーリューも教会のミサで使用されるワイン造りを特別に許可された事で、禁酒法による衰退を免れました。
その後ジョルジュ・ラトゥールは、ナパ・ヴァレーこそがボルドーのトップシャトーに劣らぬカベルネ・ソーヴィニヨン造りを可能とする地であると確信し、ボーリューを大成功に導きますが、そこにはワインメーカーのアンドレ・チェリチェフの多大な功績があったことは言うまでもありません。
アンドレ・チェリチェフ
カリフォルニアワインを世界の檜舞台に立たせた第一人者と言えば、まずロバート・モンダヴィが思い浮かびます。それ以外には、1976年の伝説のパリ・テイスティングでメドックの格付けワインを抑え、カベルネ・ソーヴィニヨン部門の覇者となったスタッグスリープ・ワインセラーズのウォーレン・ウィニアスキ、同じく1976年パリにて、シャトー・モンテリーナに“シャルドネ世界 No.1”の栄誉をもたらしたガーギッチ・ヒルズのマイク・ガーギッチ、更には、その30周年記念として催された記念イベントで第三位にもなった「マーサーズ1970年」を世に送り出したハイツの創始者ジョー・ハイツ等々です。
彼らはカリフォルニア・ワイン産業の立役者とされますが、そんな彼らがこぞって師と仰いだ偉大な醸造家こそが、ボーリュー・ヴィンヤード(BV)で永年ワインメーカーを務めカリフォルニアのワインを世界レベルに押し上げた故アンドレ・チェリチェフ氏です。
チェリチェフの功績として有名なのは、1976年のパリ事件の覇者となるスタッグスリープ”SLV” 1973。供出されたワインは「No.23」と記された樽からのもので(その後Cask23というワインの元となります)、それはウィニアスキとチェリチェフの両氏がブロック別テイスティングを行った際に選抜したロットでした。
米国外でもイタリアのスーパータスカンの雄、オルネライアなどもアンドレの手助けなくては成立しなかったと言われています。ちなみにワシントン州のクイルシーダ・クリークのオーナーはチェリチェフ氏の甥に当たります。
ラベルに細かいキズ、くすみは見られますが、キャップ、液面(コルク下2.4センチ)の状態は良好です。







