Pol Roger Brut Blanc de Chardonnay 1988

ポル・ロジェ 1988 ブリュット・ブラン・ド・シャルドネ

パーカー92点 「ポル・ロジェでもっともセクシー」

ポル・ロジェのシャンパンのうち根強いファンがいるのがこのBlanc de Chardonnayで、これはコート・デ・ブラン地区の100%のグラン・クリュのシャルドネだけを使った豪勢なものです。

パーカーも「ブラン・ド・シャルドネはすべてのポル・ロジェのシャンパンの中で最もセクシーで魅惑的なものだ」と大絶賛!1988年はコメントは残していませんが、パーカーポイント92点を献上しています。

 

ポール・ロジェ 「ロバート・パーカーが選ぶ世界の極上ワイン」より
世界で最も偉大なワインのひとつとして明らかに認められる辛口ヴィンテージシャンパーニュがあるとしたら、ポル・ロジェにほかならない。ブレンド比率は年によって異なり、ピノ・ノワールが70%にまでなることもある(1952年)が、通常はピノ・ノワールが60~65%、残りがシャルドネである。実際に1952年は、シャルドネの比率が40%以下となった唯一のヴィンテージかもしれない。エペルネ地方にある18のクリュの畑からつくられるこのシャンパーニュは、フルボディで、深みがあり、凝縮感がある。それでいて、とりわけポル・ロジェがそうだが最上のシャンパーニュがつくりだす偉大な活力と繊細さの感触がある。

ブリュット・ヴィンテージは、たやすく30年あるいはそれ以上持ちこたえ、フランスの多くの著名な赤ワインを明らかにしのぐ能力がある。ポル・ロジェがつくるこの他の偉大なキュヴェは、ブラン・ド・シャルドネである。シャンパーニュの最も偉大なブラン・ド・ブランのひとつであり、コート・ド・ブラン、クラマン、ル・メニル、オジェ、アヴィーズといった最上のクリュの畑で産したシャルドネのみでつくられる。これはおそらく、すべてのポル・ロジェのシャンパンの中で最もセクシーで魅惑的なものだ。しばしば、非常に若いうちにも飲めるし、ヴィンテージ・ブリュットや名高いキュヴェ・ウィンストン・チャーチルと比べると熟成能力に欠けているように見えるからだろう。キュヴェ・ウィンストン・チャーチルは、間違いなく、このハウスシャンパーニュの中で最もたくましく、フルボディで強烈である。このシャンパーニュは最良の年の最良の畑にみでつくられている。

ポル・ロジェは、実際のブレンド比率を決して公表しないことをチャーチル家と約束したと言っており、ブレンドについては常に秘密主義である。しかし、男性的でたくましいその特徴から、通所はピノ・ノワール65~70%、残りがシャルドネという比率だろうと、多くの人が推測している。最初に市場に出回ったのは1984年のことで、ヴィンテージは1975年、当時はマグナムトルのみであった。今は当然変わってきている。私はこのキュヴェが非常に好きなのだが、特に気に入っているのは1990年、1985年、1982年、1979年である。1996年が出荷されれば、これもまた伝説的な作品となるであろう。 」

 

ポール・ロジェ 「シャンパン物語」(山本博 著)より
 第二次大戦の勝利のシンボルだったチャーチルは、ブランデーと葉巻のシンボルのようにも思われているが、もう一つ切っても切れない関係にあったもの、この元英国首相がぞっこん惚れ込んでいたものがあった。それがポール・ロジェのシャンパンで、このシャンパンに打ち込んだあまり、自分のお気に入りの競走馬にポール・ロジェの名前を付けてしまったぐらいである。ポール・ロジェ家は生粋のフランス人だが、英国との関係が深い。1981年のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式のレセプションに供された時とか、1982年にバッキンガム宮殿でレーガン大統領が会食した他、多くの英国の公式レセプションで愛飲されている。また歴代のアメリカ合衆国大統領の就任披露パーティに出されるのも、このシャンパンである。エぺルネにある同社のレセプションハウスは古式ゆかしい立派なものだが、一歩足を踏み入れるとフランス貴族の邸宅とロンドンのパブとをミックスしたような趣きで、同家のイギリスとの関係の深さを物語っている。
 
  このハウスは、1849年に公証人の息子ポール・ロジェ(フランスでは公証人の地位が高い)が始めたもので、最初は自分の畑やセラーを持たず、他人のワインを売るだけにしていたが、そのうち自分の名前のシャンパンを造るようになった。英国で初めて自分のシャンパンを出荷するようになったのは1876年である。息子のモーリスとジョルジュの代になってフランス政府の特別の許可を得て、家名をロジェからポール・ロジェに改姓した。以来、同家は家族経営の伝統を守り続けている。創業者の孫の夫人にあたるオデット・ポール・ロジェ未亡人はなかなかの女傑で、1944年のパリのレセプションで、チャーチルに自社のシャンパンを勧めてその虜にしたのはこの女性である。現在でも、ロジェ家は生産量を限定する家訓を守っていて、年間130万本くらいしか生産していないが、同社のストックはたいしたもので、約600万本、つまり6年分に当たる。このストックの多いということは別の意味でもポール・ロジェのシャンパンを他社とひと味違うものにしている。というのも、同社のセラーはエペルネでも指折りの一つで、25000m㎡もある白亜層の二層の地下窟は、地下30mの深さにあり、平均温度が9.5度である(他のところの通常の温度は大体10.5度だから、かなり冷温のセラーである)。
 
  この深さのため、1902年の陥没では50万本もの壜が被害にあった。そのため、現在この地下窟はいくつものアーチや補強材でがっちり守られている。冷温でしかも長期に熟成させるところが、ロジェのシャンパンの味を優れたものにしている鍵なのである。ことにヴィンテージ物は、壜熟成の際に王冠栓を使わず、ごく良質のコルクを使っている。シャンパンの長命度ということを確かめるために、1989年に英国の『デカンター』誌がポール・ロジェ家の挑戦を受けて、有名なワインライターのセレナ・サクトリフやトニー・ロードを派遣し、同社秘蔵のシャンパンの利酒をしたことがある。この時に1911、1914、1921というような年代物が抜栓されたが、その素晴らしさに、口のうるさいこれらの強者が唖然としたそうだ(もっとも、この60年を超す古酒は、もはや泡も立たず、シャンパンというより絶妙な白ワインになっていたそうだ)。
 
  ポール・ロジェのもう一つの特色は自社畑の多いことで、現在750haの畑を所有し(ほとんどがエペルネ周辺)、自社必要量の45%を賄っている。"伝統は明日の生命"をモットーとする同社のシャンパン造りは、伝統固持の至極手堅いものである。同家はシャンパーニュ地方醸造技術委員会の創始者メンバーの一人でありながら、いかに科学の進歩があっても熟成香の神秘はいまだ解明されていないという信念の下に伝統的な酒造りにあたっている。

 ポール・ロジェ社はノン・ヴィンテージ物(ブリュットとセックがある)も造っているが、特に三種のぶどうと三種の年代物を使ったBrut Sans Anneeは、ホワイト・シールの名で愛好者が多い。売り物はやはりヴィンテージ物で、エペルネ地域の18ほどのクリュでとれたピノ・ノワールを60%、シャルドネを40%使っている。ヴィンテージ物でも特に上物はReseve Special Vintageとして別扱いしている。昔は金のラベルとシールを使っていたが、今ではラベルのない壕に直接PRの金文字が刷られている。これはシャルドとピノ・ノワールの比率が半々になっている。同社のシャンパンのうち根強いファンがいるのがBlanc de Chardonnayで、これはコート・デ・ブラン地区の100%のグラン・クリュだけを使ったもの。同社はロゼも出している他Cuvee Sir Winston Churchillという英国向けの特吟物を造っている。

 ディック・フランシスの『黄金』 (早川書房刊) の中で、金相場で産をなした大富豪が、ポール・ロジェの1979年物を50ケースはどワイン商に注文したことを知って、子供たちが親父は頭が狂ったのではないかと驚くくだりがある。それもそのはず、このCuvee Sir Winston Churchillは、きわめて特別の品で25000ポンド (邦貨約580万円)もするからだ。
 
  ロジェのシャンパンの特色はなんといってもその熟成感にある。泡立ちこそあまり強くないが、長い熟成による精妙で際立ったブーケ、果実味や酸味と他の諸要素との実に良くとれたバランス、すっきりしてかつしっかりした口当たり、そして長く漂うさわやかな後味をもっている。いうならば、高貴な英国紳士のように節度をはずさず、いつも信頼するに足る友人のようなもので、飲んで裏切られることがない。

 

ラベル、キャップ、液面の状態は良好です。

$179.99