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「レア&カルトなワインの物語----ワインは人が作る」


第3回 「Kistler、ブルゴーニュスタイルへのこだわり」

シャルドネはカリフォルニアを代表する白ワインの品種です。カリフォルニアのワインショップにいくと白ワイン売り場の3分の2はシャルドネが占めていると言っても過言ではないでしょう。ソービニヨン・ブランやヴィオニエといった品種は劣勢ですね。

それほどの人気のシャルドネですが、私はあまり心から感動するおいしさのシャルドネに出会ったことがありませんでした。どんなに評価が高くても、個性がないというか、フィニッシュのエグさが気になるというか・・・・

しかし私にとって一つ例外がありました。それがキスラーのシャルドネです。初めてキスラーのシャルドネを見かけたとき「ずいぶん高いな」と思いました。というのもほとんどのシャルドネが30ドル以下で売られているのに、キスラーだけは別格で100ドル近くのプライスタグが付いていたからです。でも数年前のある日、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、「エイやっ」と100ドル札でキスラーを購入しました。

初めて飲んだキスラー。ビンヤード名は記憶に定かではありませんが、ワインに対して初めて感動というか、畏敬の念を抱かせてくれました。ほかのシャルドネとは明らかに一線を画したエレガントさ、フィニッシュのクリーミーさ、「ああ、こりゃ美味しいや!」と素直に感動できました。以降キスラーだけは私の中で常に別格の白ワインとしての地位を占めています。

そのキスラーですが、設立は1978年ですから、カリフォルニアの中では老舗に分類されるでしょう。オーナー兼ワインメーカーはスティーブ・キスラー。彼は滅多にマスコミに登場しないことでも有名です。それどころかソノマの外に旅行すらも滅多にしない。プライベートも結婚して二人の娘がいること以外はほとんど明らかにしていません。ワイナリーも他のところのように看板を出したりすることもなく、当然一般公開もしていません。今年2月、近くを通ったので「このあたりだよなー」と地図と照らし合わせながらちょっと散策してみましたが、案の定、キスラーのワイナリーらしきものを見つけることはできませんでした。

そんな謎に満ちた彼の半生ですが、もともとは物書きを目指していました。しかしスタンフォード大学卒業後、自分の文才に見切りをつけて、ワインの世界に身を投じていきます。彼が文筆業からワインメーカーに転出したきっかけは祖父がワインのコレクターで小さい頃からブルゴーニュなどの素晴らしいワインをテースティングするチャンスに恵まれていたからでした。彼は自分が影響を受けたワイナリーとして、ブルゴーニュのラフレイブやルロワを挙げています。

フレズノ大学、UCデービス校で醸造学を学んだ後、27歳の時にリッジ("RidgeVineyards" カベルネプレンドのMonte Belloで有名。現在のオーナーは大塚製薬のよう)にアシスタントとして雇われます。そこで試しに作らせてもらったシャルドネで早くも才能の片鱗を垣間見せました。彼のシャルドネは複雑さと重厚さをすでに持ち合わせており、雇い主リッジのポール・ドラパーを驚かせます。そのころのキスラーは毎日ワイナリーに寝泊まりするような生活を送りながら、ワ
インメーキングに没頭していました。

キスラーはその後リッジを辞して、1979年にソノマバレーのグレン・エレンにワイナリーを設立します。若干30歳でワイナリーを設立できた背景にはキスラー家の資金的なバックアップがありました。小さい頃からルロワなどを飲ませていたくらいですから、やっぱりよほどのお金持ちだったのでしょうね。そうはいってもその土地は非常に不便な場所で、電気もなく、ワインセラーの冷却のために氷を運び込んで使っているような有様でした。

彼は他の農家からブドウを購入してシャルドネとカベルネ・ソービニヨンを使ったワインを作り始めたのですが、特にカベルネは彼の納得いくようなブドウが手に入らず、次第にシャルドネに全精力を傾けていくようになります。

彼によると理想のシャルドネは「ヘーゼルナッツやローストしたクリームのような香り」を持っていることで、それはまさにブルゴーニュの白(シャルドネ)でした。彼はブルゴーニュのようなワインを作るにはまさしくブルゴーニュのようにワインを作る必要があると考えていました。その結果、彼の取ったワイン作りの方法は当時のカリフォルニアでは全く異質な方法でした。

その方法とは、まずフレンチオークの樽を使用し樽内で発酵させ、その後、樽の中で後発酵(マロラクチック発酵)を継続して行います。しかも発酵には野生酵母を使用、発酵が終了しても清澄(粘土や卵白などを添加してワインの透明度を増すこと)やフィルタリング(ワインの沈殿物を除去すること)は行わず、そのまま樽の中でエージングするというものでした。

当時の一般的なカリフォルニアの方法では、ステンレスタンクで培養酵母を使って発酵させ、後発酵は行いませんでしたし、エージングの前に清澄とフィルタリングが行われていました。そう考えるといかに彼の方法が異質だったかわかります。

彼の方法は非常に独創的ながら、それはリスクのある方法でもありました。実際1980年、彼のワインは異臭に悩まされ、全量をリコールする羽目に陥ります。しかし彼は失敗をものともせず。数々の工夫やチューニングを考えだし、独自のスタイルを確立していきました。

徹底的にブルゴーニュスタイルにこだわった彼のワインはまずレストランで圧倒的な評価を得ました。そしてワインスペクテーターやロバート・パーカーは彼のワインに95点を超える高得点を連発するようになりましたが、注目すべきことは90点以下のワインがほとんどないことです。

キスラーは現在では10カ所以上に120エーカーもの自社畑を所有し、23000ケー上のワインを生産しています。しかし驚くべきことに、これだけ生産量が拡大しても、キスラーは全てのワインで圧倒的な高品質を保っています。しかも彼はアシスタントのワインメーカーを絶対に置こうとはしません。全て自分自身で行っているのです。

キスラーは現在シャルドネとピノ・ノアールに特化しています。シャルドネが素晴らしいのは述べてきたとおりですが、ピノ・ノアールの素晴らしさはそれ以上です。私は昨年1994年のPinot Noir Sonoma Coast Camp Meeting Ridgeを飲みましたが、若々しいながらも重厚さにあふれ、シャルドネ以上に感動しました。

シャルドネが大手のワインショップへ行けば、比較的入手できるのに比べ、ピノ・ノアールはその生産量の少なさとシャルドネ以上の素晴らしさが相まって、入手が極めて困難なのがとても残念です。

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