champagne
フランス (シャンパーニュ)

フランスが世界に誇るスパークリングワインの産地がシャンパーニュ。スパークリングワインとしてはその格式、伝統、人気とも世界最高峰です。クリュグ、サロン、クリスタル、ドン・ペリニヨンなど有名どころから、小規模で個性的なシャンパーニュを作るレコルタン・マニュピュランまで、世界の愛好家を惹きつけてやみません。

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Barons de Rothschild Rose N.V

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バロン・ド・ロートシルト N.V. ロゼ

ボルドーのロスチャイルド3家による新シャンパーニュ!シャルドネを贅沢に使用!

ボルドーの3つのロスチャイルド家がパートナーシップを組み、ロスチャイルド家の名を冠した、至高のシャンパーニュを誕生させました!

Ch.ムートン・ロートシルトを所有する『バロン・フィリップ・ド・ロスチャイルド』、Ch.ラフィット・ロートシルトの『ドメーヌ・バロン・ド・ロスチャイルド』、そしてCh.クラーク・ロートシルトの『バロン・エドモン・ド・ロスチャイルド』、この3つのロスチャイルド家が2004年に立ち上げた全く新しいシャンパーニュのプロジェクトです。

コート・ド・ブラン地区の中でも最高の区画である特級畑を中心としたブドウを使い、4年間熟成させてからリリースされるプレミアムシャンパーニュで、各シャトーの公式晩餐会でも振る舞われます。4年の熟成期間を経てリリースされるため、初登場は2009年です。

コート・デ・ブラン地区とモンターニュ・ド・ランス地区のグラン・クリュとプルミエ・クリュのブドウのみ使用。いずれも信頼おける栽培農家と長期契約を結び、収穫は手摘みで行われます。
                 
ロゼはシャルドネ85%、ピノ・ノアールとピノ・ムニエ合わせて15%の品種構成となっています。

 

*通常のシャンパーニュと比べ、高いシャルドネの使用比率が特徴。
*リザーブワインを贅沢に40%使用。
*ドサージュは約6%と軽めに行います。
*デゴルジュマン後、6ヶ月間セラーにて休ませます。
*瓶詰め後、4年間の長期熟成を経て出荷されます。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$74.99

Charbaut Certificate Brut Blanc de Blancs Cuvee de Reserve 1985

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シャルボー 1985 サーティフィケート・ブリュット・ブラン・ド・ブラン・キュヴェ・ド・リザーヴ

70年代、80年代の古いシャンパンでは特に評価が高いメゾン!

日本での知名度とは裏腹に、世界的に極めて高い評価を得ているのがエペルネに本拠を置くシャルボーです!ワイン・スペクテーター誌の1990年の特集で、1224種ものワインにおいて、シャトー・マルゴーに次ぐ第2位に選ばれたのがシャルボーの1976年サーティフィケートでした!もちろんシャンパンとしては最高位です。また同誌で1990年に行われたシャンパン1985年ヴィンテージの試飲では、シャルボーのブリュット1985年がボランジェに次ぐ2位に入りました。

 

シャルボー (山本博著「シャンパンのすべて」(河出書房新書)より)
「他社であれば宣伝広告費にかける経費をすべて品質向上に投資しているとのことだが、1990年に『ワインスペクテイター』誌のワインテストで、1224種のサンプルの中でなみいる強豪を尻目にシャルボーのサーティフィケイト1976年がシャトー.マルゴーに次ぐ第2位、シャンパンとしてはトップの地位を勝ち取っている。1990年の同誌のシャンパン85年物のテイスティングでも、ここのブリュットがボランジェに次ぐ第二位。また、あの口のうるさいロバート.パーカーが1987年にやった『ザ.ワイン・アドヴォケート』誌のシャンパン特集では、 Certificate Brut Blanc de Blancs の1979年がトップになり、大変なお誉めにあずかっているのだ。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$179.99

Deutz Vinotheque Brut 1982

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ドゥーツ 1982 ヴィノテーク・ブリュット

マドンナが愛飲するドゥーツの特吟もの!

元々は2人のドイツ人によって設立されたドゥーツです。1996年にルイ・ロデレールがメゾンを買収しました。ルイ・ロデレールから着任したファブリス・ロセ氏が、1993年ヴィンテージ以降は「アムール・ド・ドゥーツ」を最高級品として商品化しました。

1993年以前はプレステージ・シャンパン「ウィリアム・ドゥーツ」と、最良年のピノとシャルドネを主体のいわゆる特吟もの「ヴィノテーク」がフラッグシップです。

 

歌手マドンナの愛飲するドゥーツ
歌手のマドンナがこのメゾンの大ファンであることは有名です。有名人が好きなシャンパンとしては田中康夫やマライア・キャリーが好きな「クリスタル」が有名ですが、このドゥーツが好きというマドンナはかなりいい趣味をしていますね。もっともマドンナが愛飲しているのはドゥーツの中でも「アムール・ド・ドゥーツ」という上級のキュヴェです。

しかしドゥーツにはさらに特別なキュヴェがあります。創立者の名前をとった「キュヴェ・ウィリアム・ドゥーツ」です。1959年に原型が出来上がり、1961年にデビューし、最新の2002年までわずか17ヴィンテージしか造られていないという実にスペシャルなシャンパンです

読売新聞のウェブサイトのワインコーナーの「シャトー訪問記(上)」および「(下)」このドゥーツが2回にわたり取り上げられました(すでに記事はサイトから削除されています)。その中で、このキュヴェ・ウィリアム・ドゥーツを評して

「スタイリッシュな食前酒として素晴らしいし、フォアグラ、ロブスター、エキゾチックなソースの白い肉にも合います。フィネスとバランスを重んじるドゥーツのコンセプトを最も良く表現したキュヴェです」

 

ドゥーツ
1838年にウィリアム・ドゥーツとピエール・ユベール・ゲルテルマンの二人によりシャンパーニュ地方のアイ村に創立されました。1860年後半より2代目ルネ・ドゥーツとアルフレッド・ゲルデルマンにより海外マーケットへ進出し。イギリス、ドイツ、ロシアへと販路をひろげていきました。

年間平均生産量は7万5,000ケースとシャンパン・ハウスとしてはかなり生産量が少ないほうです。また生産量の60%近くが、その年のブドウだけで造るヴィンテージ・シャンパンというのも異彩を放っています。

創業以来家族経営を続けてきましたが、1993年にルイ・ロデレールの傘下に入りました。その後、ロデレールが96年に送り込んだCEOのファブリス・ロセ氏は積極的な設備投資を行い、ドゥーツの品質の高さをさらに向上させました。ドゥーツは、格式あるAssociation of Grandes Marquesの最古のメンバーの一つですが、確固とした独自のスタイル、「調和された完璧なフィネスと複雑味」を持つシャンパンハウスです。

180ヘクタール(444エーカー)ある畑は、シャンパーニュ地区の最良のクリュにあり、厳格な選定が行われた最高級のブドウのみ使用しています。ドゥーツ社は自社畑を42ヘクタール持ち、必要なブドウの35%を賄っています。
ブジー、アンボネイ、アヴィズ、クラマンより畑の格付け比率はピノノワ-ルが99%、シャルドネ98%、ピノムニエをあわせても平均で97%に達しています。
ワインは、歴史あるアイ村の白亜質土壌に造られた、静寂を保つ3キロに及ぶ天然のハウスセラーでゆっくりと、細心の注意のもとに熟成させられます。

 

ロバート・パーカー 「ワイン・アドヴォケイト誌180号」より
「私はここ数年、ドゥーツのシャンパンを飲んでいなかったので、今回の試飲に際し、コレほどの質の高さを痛感するとは思いもしていなかった。

1992年以降、ドゥーツはルイ・ロデレールが所有しているが、ドゥーツの唯一無二の個性を失う危険を避ける事を望んだルゾー家の希望により、ロデレール所有のグループ内で唯一、独立した運営が成されている。

ドゥーツのシャンパンは全てマロラクティック発酵が成されており、若くして飲んでも美味しく、更に熟成も可能な、磨き抜かれた、クリーミーなスタイルのシャンパンを生み出す。」

 

 ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$369.99

Heidsieck Monopole Diamant Rose 1988

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エドシック・モノポール 1988 ディアマン・ロゼ

スペクテーター94点 エドシック・モノポールの旗艦たる堂々とした姿!

エドシックと名のつくシャンパーニュには、赤いラベルで有名な「パイパー・エドシック」、「シャルル・エドシック」、そしてこの「エドシック・モノポール」と三つがありますが、実はこの三つは元々は一つのシャンパンハウスでした。

エドシック家の源流はフローレンス・ルイ・エドシックという人物が1777年にドイツのヴェストファーレン州からシャンパーニュ地方のランスに移り住み、1785年に三つのエドシックの基となるシャンパンハウスを設立したことによります。シャンパン史上でも4番目の古さを誇るシャンパンメゾンの誕生です。

しかし、フローレンスが死ぬと、3つの系統に分かれてしまいました。本家筋に当たるのがこの「モノポール」で、19世紀初頭プロシア皇帝のご用達ブランドであり、また多くの法院から唯一納入を認められたシャンパーニュとしても知られています。

現在は「エイドシック・モノポール」を始めとして、「ブランケン」、「ポメリー」といったシャンパーニュブランドを傘下に治めているヴランケン・モノポール社のメインブランドです。

 

ディアマン(ダイアモンド)のカットを思わせる特徴的なボトルのフラッグシップ
ヴランケングループにおいて30年の経歴を持つ熟練セラー・マスター、ドミニク・ピシャールが作り上げる、ダイヤモンドを意識した美しくシャープなボトルで、ブラックカラントや野イチゴのような赤い果実の豊かな芳香、シャルドネのフレッシュさを併せ持つ優雅で複雑な味、そしてクリーミーな泡立ちが特徴です。 琥珀の中に、ダイアモンドのような美しい泡が輝きます。

 

ワイン・スペクテーターのコメント(94点)
「Splendid(素晴らしい)。フレッシュ・ベリー、リンゴと並んで、マッシュルームやタフィー、コーヒーなどの熟成した要素とのコントラストが美しく、エレガントな構造を見せている。濃厚で、口の中を覆ってしまい、とても、とても長いフィニッシュがある。」

 

エドシック・モノポール
エドシック・モノポールの由来は、1777年にもともと羊毛商だったドイツ人のフロレンツ・ルードウィッヒ・エドシックがフランスのシャンパーニュ地方の中心の町であるランスを訪れた際、地元の同業者であるニコラ・ペルトワ氏と知り合い、8年後の1785年にペルトワ氏の娘と結婚し、ランスを本拠地としてエドシックの名前で織物とワインの事業をはじめたことによります。

社名と同じく自分の名前をフローラン・ルイ・エドシックとフランス風に改名し、1789年、シャンパンを王妃に献上しました。そして、王妃御用達のシャンパーニュに選ばれ、シャンパーニュ事業は大成功を収めるにいたり繊維産業からは手を引き、シャンパンビジネスに専念するようになりました。

沈没船から引き上げられた有名なエピソード
1916年、第一次世界大戦の最中、フィンランドで駐留するロシア軍の為にロシア皇帝ニコライⅡ世によりオーダーされた1907年のエドシック・モノポールシャンパーニュ3000本や、ブルゴーニュワイン、コニャックリキュールなどを積んだジョンコピング号がサンクトペテルブルグへ向け出航しました。しかし同年11月3日、スウェーデン沖を航海途中にドイツの潜水艦Uボートの攻撃を受け、同船は撃沈しました。

ところが1998年、深さ64メートルの海底でこのジョンコピング号が発見され、80年ぶりに引き上げらました。この船に積まれていたブルゴーニュ・ワインやコニャックなどはすでに劣化していましたが、エドシック・モノポールのシャンパーニュだけは、ほぼ完璧なコンディションで、抜栓した時にはまだまだ若々しい状態のままだったといいます。

世界的なワイン評論家のクロード・マラティエ氏は、引き揚げ直後の試飲で、エドシック・モノポールをこう表現しました。『驚くべき事に、このエドシック・モノポールには、まだ若々しい果実味(カリンやアプリコット)と、バブルも存在しています。古酒の場合、開栓後に数分で劣化するということも珍しくありませんが、そのような短命さも見当たりません。今後、再び地上で数年間保存したとしても全く問題ありません」

なぜエドシック・モノポールだけが完璧な状態だったのでしょうか。それはいくつかの偶然が重なった末の奇跡でした。ジョンコピング号が沈んでいた海底64mという深さは、ワインを劣化させる原因となる「陽の光」を遮り、シャンパンの保存にも適した安定した「水温」を維持し、シャンパンボトルの中のガス圧と同じ「水圧」という、「光」「水温」「水圧」の偶然を持ち合わせていました。そして、エドシック・モノポール自体が質の高い長期熟成に耐えうるシャンパンであったこともあり、引き上げられたときには、ほぼ完璧な保存状態だったと言うのです。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$199.99

J. Lassalle Brut Cuvee Angeline 1985 (Minor Damaged Label)

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J. ラサール 1985 ブリュト・キュヴェ・アンジェリーヌ (小キズラベル)

パーカーが96点を献上した伝説的なキュヴェ!それゆえ関係者すらも驚いた小さなRM!

キュヴェ・アンジェリーヌ・ブリュット
故ジュール・ラサール氏の孫娘の名前を冠するキュヴェ・アンジェリーヌは、作柄の良い年にしか生産されないピノ・ノワールとシャルドネから造られるプレステージ・シャンパーニュで、J・ラサールのまさに看板娘です。

プルミエ・クリュのシャルドネ(60%)とピノ・ノワール(40%)のみを用いた、柔らかく華やかで表現力豊かな逸品です。山本昭彦氏著の「死ぬまでに飲みたいシャンパン30本」の中にも選ばれています。 

 

パーカーの評価(96点)
「1985年キュヴェ・アンジェリーヌは目を見張るようなブーケがあり、フランスの有名なスイーツ、タルト・タタンを思わせる。熟して、バターのようで、リンゴの香りがあり、細かい泡は絶妙なもので、長い余韻があり、リッチな中間部とフィニッシュのためにここ数年に私が飲んだシャンパーニュの中で、もっとも衝撃的なシャンパーニュと思われる私がシャンパンについてレビューをするのは、ケタ違いのボトルに出会った時だけであるということを読者の方々は覚えておいて欲しい。
この小さなブティック・シャンパンハウスのラッサールがリリースした3つのシャンパンは凄すぎる物だ。高価格ではあるが、偉大なシャンパンほど複雑でフィネスのあるスパークリングワインは世界には存在しない。」

「シャンパンのすべて」(山本博著)より
1985年にロバート・パーカーが96点という高得点をつけ、『傑出』のグループに入れたので関係者を驚かせた。さらに2001年の秋にはアメリカのワイン・スペクテーター誌がクリュッグと同じ93点をつけ、翌年の同誌のシャンパン部門でも最高得点を取り、2年連続の栄冠で一躍注目を浴びるミニ・メーカーのひとつになった。」

 

J・ラサール
J・ラサールは故ジュール・ラサール氏が1942年に設立した、レコルタン・マニピュラン (RM)と呼ばれる家族経営のシャンパンハウスです。ロバート・パーカーの「ワイン・バイヤーズ・ガイド」ではクリュグ、ボランジェ、ルイ/ロデレール、サロン、テタンジェなどと並ぶ5つ星の最上評価を受けているシャンパンハウスのひとつです。しかし生産量の約70%が昔からの個人顧客に直接、販売されているため、市場にはあまり出まわりません。

シニー・レ・ローズ村に所有する畑はプルミエ・クリュとグラン・クリュのみで、リュット・レゾネ農法(低農薬農法)を行っており、ジュール・ラサール氏亡き後は娘のシャンタル・デゥセール・ラサール女史とその母親が伝統的方法を守り続けています。

J・ラサールで栽培しているブドウはシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエの3種類ですが、シニー・レ・ローズ村はシャンパーニュで最も素晴らしいピノ・ムニエ種の産地といわれており、多くの大手シャンパン・メーカーがこの村のピノ・ムニエを購入しています。

その味わいはリンゴや洋梨の非常にみずみずしい香りと、しっかりとした肉厚なボディと果実味が感じられ、美しい酸と余韻のバランスは他のシャンパーニュを圧倒します。

ワイン・スペクテーター誌では、NV部門において、J・ラサールのCuvee Preference BrutがあのKrugと同点の93点で並び、最高点を獲得しています。

  

ラベルに破れ、擦りキズ等がありますので、右上の写真をクリックしてご確認ください。
キャップ、液面の状態は良好です。

$289.99

Louis Roederer Cristal Rose 2004 (Minor Damaged Label)

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ルイ・ロデレール 2004 クリスタル・ロゼ(小キズラベル)

A・ガローニ 98+点!ロシア皇帝からマライア・キャリーまで、多くのセレブに愛されたシャンパーニュ!

さてこの2004年ロゼですが、昨年までワイン・アドヴォケイト誌でブルゴーニュ、ピノ・ノアールなどの試飲を担当していたアントニオ・ガローニ氏(昨年独立を果たしました)が98+点を献上しています。

 

アントニオ・ガローニのコメント(98+点)
「依然として赤ん坊のようなこのワインは、これまで通り、フォーカスと緊張感のバランスは感じられていたが、ここ数年でようやく重量感も増してきたようだ。すでに14年が経過しているが、未だに堅く、禁欲的なタッチがある。オレンジピール、ホワイトペッパー、クランベリーのヒントに、実に表情豊かなフィニッシュがエキゾチックだ。2004年を見つけた読者は、購入に躊躇してはいけない。どんな基準で見ても、目も眩むようなワインである。」

 

ルイ・ロデレール
1766年にデュボア・ペール・エ・フィスとして創立され、1883年からは現在のルイ・ロデレールとなりました。19世紀後半にはロシアが最大の得意先でしたが、革命によってロシア帝国という最大の取引先を失い、その後はアメリカにマーケットを移し大成功を収めました。

ロデレール社が他のシャンパーニュメゾンと大きく異なる点は、190ヘクタールにおよぶ自社畑からのブドウの収穫で、ロデレール社が必要とするブドウの約80%がまかなわれているということです。その結果、非常にレベルの高いブドウ栽培によって不安定な厳しい気候条件のシャンパーニュにありながら、質の高いブドウを安定して確保できているのです。

また、ロデレール社のプレステージ・キュヴェであるクリスタルは、ロシア皇帝アレクサンドル2世が寵愛したシャンパーニュとして有名ですが、現在でも歌手のマライア・キャリーほか多数のセレブのお気に入りシャンパンになっています。

19世紀にロシア皇帝にシャンパーニュを納める際は、皇帝お抱えのソムリエがシャンパーニュのランスに出向いて調合に立会い、さらにクリスタルのボトル(当時はバカラ製)に詰めさせたことからクリスタルと呼ばれるようになりました。この透明なボトルは他のシャンパンと区別するだけでなく、毒物混入を見破る役目もあり、またボトルの底には窪みがなく、小型の爆弾が仕込まれないようにもなっていたというエピソードもあります。

ラベルの隅に剥がれたところがありますので、右上の写真をクリックしてご確認ください。
キャップ、液面の状態は良好です。

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$499.99

Mumm Cordon Rouge Brut N.V. (L1939900051)

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マム N.V. コルドン・ルージュ・ブリュット

NVですが、ロットナンバーから1999年のものと推定!

ノン・ヴィンテージですがロット番号はL1939900051となっていますので、1999年の193日目のリリースと思われます。

 

G.H.マム
1827年にドイツ人のペーター・アーノール・マム氏が創業し、ランスに拠点を置くシャンパン・ハウスです。フラッグシップであるコルドン・ルージュ(赤いリボン)をリリースしたのは1873年となっています。

その理念は「Only the Best.(最高のシャンパンだけを)」という言葉に代表されるように、最上級のブドウ、つまりグラン・クリュ、プルミエ・クリュのブドウだけを用います。そのスタイルは、ピノ・ノアール種の力強さ、シャルドネ種の繊細さ、そしてピノ・ムニエ種のフルーティさを絶妙にブレンドしてイキイキとした辛口の味わいが特徴で、気泡もきめ細かく実にバランスの良い上品な仕上がりとなっています。近年では、カーレースの最高峰F1の公式シャンパンとして表彰台を飾ることで有名になりました。

このシャンパンのラベルの赤いリボンは、フランスの最も名誉あるレジオン・ドヌール勲章をモチーフにしたと言われており、パーティの招待客に敬意を表するために装飾したのが始まりとされています。

また、マムの社長が後見人になった縁で、洗礼を受けた日本人画家のフジタ・ツグハルがランス郊外の住宅街にあるチャペルの壁画を描くことになったそうです。

現在はカナダのワインメーカーのシーグラムの傘下に入っています。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$69.99

Perrier-Jouet Fleur de Champange Cuvee Belle Epoque Brut 1999

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ペリエ・ジュエ 1999 フルール・ド・シャンパーニュ・キュヴェ・ベル・エポック・ブリュット

大幅値引き!
エミール・ガレのボトルが美しい90年代の名品!

ペリエ・ジュエ
1811年、先祖代々、シャンパンのコルク栓の製造を営んできたピエール・ニコラス・マリー・ペリエとその妻アデル・ジュエによってシャンパーニュの中心地の1つであるエペルネに創業されました。

クラマン、アイ、ヴェルズネー、アヴィズ、といったシャンパーニュ地方でも名だたる畑を108ヘクタール所有しており、そのほとんどがグラン・クリュに指定されています。しかもそのうち40haは最良のシャルドネを生み出すクラマンのプルミエ・グラン・クリュの地域にあります。同社のシャンパンは全アイテムにクラマンのシャルドネが使われています。

2代目のシャルル・ペリエは1800年代後半に時代に先がけて、辛口シャンパンやヴィンテージシャンパンの醸造を始め、1861年には、ビクトリア女王の指名により、英国王室向けシャンパンのオフィシャル・サプライヤーとなりました。

そして1902年、3代目のアンリ・ガリスはアール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸の大家であるエミール・ガレにボトルのデザインを依頼しました。アネモネの花をモチーフにしたボトルはその後忘れ去られていましたが、1964年に地下蔵の片隅で発見され、その美しさに感銘を受けた当時のワインメーカーが、そのボトルに相応しいスペシャル・キュヴェである「ベル・エポック」を造ることを決意しました。

そして、5年後の1969年、初めてのベル・エポックがパリの高級レストラン「マキシム」と高級食料品店「フォション」で世に送り出されました。それ以来、グラン・クリュの畑から生産されるシャルドネ種を主体に、ピノ・ノアールとピノ・ムニエがブレンドされた気品のある味わいを誇ります。ベル・エポックは花のシャンパン<Fleur de Champagne>と言われるほどの、キリッとした香りと繊細な泡立ちとの完璧なバランスで多くの人々を魅了し続けています。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$229.99→169.99

Philipponnat Grand Cru Cuvee 1522 Brut 2005

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フィリポナ 2005 グラン・クリュ・キュヴェ1522・ブリュット

スペクテーター93点 まさにブレンドの芸術!

フィリポナ家がシャンパーニュ地方のアイ村に定住したのは1522年といわれます。以来同家はシャンパンを造り続け、1697年にフィリポナ社を設立。 1910年にはマルユイユ・シュール・アイにセラーを造り、「フィリポナ」ラベルでのシャンパーニュを世に送り出しました。また、1935年にはシャンパーニュ地方でも数少ない単独畑「クロ・デ・ゴワセ」(5.5ha)を単独所有し、「クロ・デ・ゴワセ」の名前でリリースしています。シャンパンとして単一畑名称が名乗れるのは、クリュグの「クロ・ド・メニル」とフィリポナの「クロ・デ・ゴワセ」の2ヵ所だけです。

現在フィリポナ社は16代社長シャルル・フィリポナ氏の指導のもと、さらなる高みを目指し運営されています。 フィリポナでは新鮮さと力強さの調和を追求しています。シャルドネ100%の「グラン・ブラン」や「シュブリム」を除き、ピノ・ノワールの比率が高めになっているのはそのためです。 それによりボディのある品の良い豊かな味わいが産まれます。 
樽内発酵後7~10年澱上で寝かせたワインをベースにして、基本的に木樽にて約80%マロラクティック発酵を行い、20%をステンレス発酵させた果汁をブレンドさせています。さらに、ワインの自然なミネラル感やアロマを大切にするためドサージュは極力抑えられています。また、全てのボトルには高品質の証としてデゴルジュマン(出荷前の澱引き)の日付が明記されています。

 

ブレンドの芸術 Cuvee 1522  
 「Cuvee 1522」は、1522年にフィリポナ家がシャンパーニュ地方のアイ村に定住した年にちなんで名付けられました。これはフィリポナ所有のグランクリュ畑からのみ造られる特別なキュヴェでまさに「ブレンドの芸術」です。

 ピノ・ノアールが主体で、5~9年の長い熟成による個性と複雑さが特徴で、木樽で発酵させたワインを一部加えています。イチジクや熟れたブドウの官能的なアロマに甘いスパイスのニュアンス、アカシアやサンザシの花のブーケで満たされます。

 クリーミーな舌触りと驚くほどフレッシュで繊細なアタックの後、完熟した白桃を彷彿とさせるジューシーな味わいにアーモンドのヒントが加わります。ふくよかなボディを包み込むようなシャープな酸味とドライフルーツやペストリーを感じる熟成感もポイント。フィニッシュには爽やかな柑橘類とスパイスの風味を残し、驚くほど完璧な調和に心が奪われます。

 

ワイン・スペクテーターのコメント(93点)
「表現力のあるシャンパーニュで、グヴァのヒント、挽いたスパイス、トーストしたアーモンド、ホワイトチェリー、砂糖がけのアプリコット、パイ生地、糸を引くようなハチミツなどの層に心を奪われる。美しいバランスと余韻がここにある。クリームのような泡からは、長いフィニッシュまで幅広い香りが感じられる。ディゴルジュマンは2013年12月。飲み頃は現在から2029年まで。830ケースの生産。」

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。ディゴルジュマンは2013年12月と表示されています。

【楽天最安値】 ¥15,120 (2016/12/20)

$89.99

Piper-Heidsieck Brut Cuvee Year 2000

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パイパー・エドシック・ブリュット・キュヴェ・イヤー 2000

スタイリッシュ・シャンパンの代名詞パイパー・エドシック!

パイパー・エドシックは、創業以来、高品質でスタイリッシュなシャンパンを造り続けている伝統的かつモダンなスタイルで注目を浴びているシャンパン・メゾンです。王妃マリー・アントワネットに献上されたことで知られ、フランスをはじめとする多くの王室ご用達となっています。またマリリン・モンローが愛飲したというエピソードや、カンヌ国際映画祭公式シャンパンに採用されるなど華やかでエレガントなシーンがよく似合うシャンパンです。

 

パイパー・エドシック
エドシックと名のつくシャンパーニュには、赤いラベルで有名な「パイパー・エドシック」、「シャルル・エドシック」、「エドシック・モノポール」と三つがありますが、実はこの三つは元々は一つのシャンパンハウスでした。

エドシック家の源流はフローレンス・ルイ・エドシックという人物が1777年にドイツのヴェストファーレン州からシャンパーニュ地方のランスに移り住み、1785年に三つのエドシックの基となるシャンパンハウスを設立したことで、それはシャンパン史上でも4番目の古さを誇ります。しかし、フローレンスが死ぬと、現在の3つの系統に分かれてしまいました。パイパー・エドシックは実際には1835年に甥のクリスチャン・エドシックによって創業され、1837年に未亡人となった妻が経営パートナーのアンリ・ギローヌ・ピペと再婚して、パイパー・エドシックとなりました。

映画界との関係が深く、「カンヌ国際映画祭」の公式シャンパーニュにも選ばれ、今はベネツィア、ベルリンの国際映画祭にも登場しています。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。
本ボトルのロット番号はL907109700です。

$99.99

Pol Roger Brut Blanc de Chardonnay 1988

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ポル・ロジェ 1988 ブリュット・ブラン・ド・シャルドネ

大幅値引き!
パーカー92点 「ポル・ロジェでもっともセクシー」

ポル・ロジェのシャンパンのうち根強いファンがいるのがこのBlanc de Chardonnayで、これはコート・デ・ブラン地区の100%のグラン・クリュのシャルドネだけを使った豪勢なものです。

パーカーも「ブラン・ド・シャルドネはすべてのポル・ロジェのシャンパンの中で最もセクシーで魅惑的なものだ」と大絶賛!1988年はコメントは残していませんが、パーカーポイント92点を献上しています。

 

ポール・ロジェ 「ロバート・パーカーが選ぶ世界の極上ワイン」より
世界で最も偉大なワインのひとつとして明らかに認められる辛口ヴィンテージシャンパーニュがあるとしたら、ポル・ロジェにほかならない。ブレンド比率は年によって異なり、ピノ・ノワールが70%にまでなることもある(1952年)が、通常はピノ・ノワールが60~65%、残りがシャルドネである。実際に1952年は、シャルドネの比率が40%以下となった唯一のヴィンテージかもしれない。エペルネ地方にある18のクリュの畑からつくられるこのシャンパーニュは、フルボディで、深みがあり、凝縮感がある。それでいて、とりわけポル・ロジェがそうだが最上のシャンパーニュがつくりだす偉大な活力と繊細さの感触がある。

ブリュット・ヴィンテージは、たやすく30年あるいはそれ以上持ちこたえ、フランスの多くの著名な赤ワインを明らかにしのぐ能力がある。ポル・ロジェがつくるこの他の偉大なキュヴェは、ブラン・ド・シャルドネである。シャンパーニュの最も偉大なブラン・ド・ブランのひとつであり、コート・ド・ブラン、クラマン、ル・メニル、オジェ、アヴィーズといった最上のクリュの畑で産したシャルドネのみでつくられる。これはおそらく、すべてのポル・ロジェのシャンパンの中で最もセクシーで魅惑的なものだ。しばしば、非常に若いうちにも飲めるし、ヴィンテージ・ブリュットや名高いキュヴェ・ウィンストン・チャーチルと比べると熟成能力に欠けているように見えるからだろう。キュヴェ・ウィンストン・チャーチルは、間違いなく、このハウスシャンパーニュの中で最もたくましく、フルボディで強烈である。このシャンパーニュは最良の年の最良の畑にみでつくられている。

ポル・ロジェは、実際のブレンド比率を決して公表しないことをチャーチル家と約束したと言っており、ブレンドについては常に秘密主義である。しかし、男性的でたくましいその特徴から、通所はピノ・ノワール65~70%、残りがシャルドネという比率だろうと、多くの人が推測している。最初に市場に出回ったのは1984年のことで、ヴィンテージは1975年、当時はマグナムトルのみであった。今は当然変わってきている。私はこのキュヴェが非常に好きなのだが、特に気に入っているのは1990年、1985年、1982年、1979年である。1996年が出荷されれば、これもまた伝説的な作品となるであろう。 」

 

ポール・ロジェ 「シャンパン物語」(山本博 著)より
 第二次大戦の勝利のシンボルだったチャーチルは、ブランデーと葉巻のシンボルのようにも思われているが、もう一つ切っても切れない関係にあったもの、この元英国首相がぞっこん惚れ込んでいたものがあった。それがポール・ロジェのシャンパンで、このシャンパンに打ち込んだあまり、自分のお気に入りの競走馬にポール・ロジェの名前を付けてしまったぐらいである。ポール・ロジェ家は生粋のフランス人だが、英国との関係が深い。1981年のチャールズ皇太子とダイアナ妃の結婚式のレセプションに供された時とか、1982年にバッキンガム宮殿でレーガン大統領が会食した他、多くの英国の公式レセプションで愛飲されている。また歴代のアメリカ合衆国大統領の就任披露パーティに出されるのも、このシャンパンである。エぺルネにある同社のレセプションハウスは古式ゆかしい立派なものだが、一歩足を踏み入れるとフランス貴族の邸宅とロンドンのパブとをミックスしたような趣きで、同家のイギリスとの関係の深さを物語っている。
 
  このハウスは、1849年に公証人の息子ポール・ロジェ(フランスでは公証人の地位が高い)が始めたもので、最初は自分の畑やセラーを持たず、他人のワインを売るだけにしていたが、そのうち自分の名前のシャンパンを造るようになった。英国で初めて自分のシャンパンを出荷するようになったのは1876年である。息子のモーリスとジョルジュの代になってフランス政府の特別の許可を得て、家名をロジェからポール・ロジェに改姓した。以来、同家は家族経営の伝統を守り続けている。創業者の孫の夫人にあたるオデット・ポール・ロジェ未亡人はなかなかの女傑で、1944年のパリのレセプションで、チャーチルに自社のシャンパンを勧めてその虜にしたのはこの女性である。現在でも、ロジェ家は生産量を限定する家訓を守っていて、年間130万本くらいしか生産していないが、同社のストックはたいしたもので、約600万本、つまり6年分に当たる。このストックの多いということは別の意味でもポール・ロジェのシャンパンを他社とひと味違うものにしている。というのも、同社のセラーはエペルネでも指折りの一つで、25000m㎡もある白亜層の二層の地下窟は、地下30mの深さにあり、平均温度が9.5度である(他のところの通常の温度は大体10.5度だから、かなり冷温のセラーである)。
 
  この深さのため、1902年の陥没では50万本もの壜が被害にあった。そのため、現在この地下窟はいくつものアーチや補強材でがっちり守られている。冷温でしかも長期に熟成させるところが、ロジェのシャンパンの味を優れたものにしている鍵なのである。ことにヴィンテージ物は、壜熟成の際に王冠栓を使わず、ごく良質のコルクを使っている。シャンパンの長命度ということを確かめるために、1989年に英国の『デカンター』誌がポール・ロジェ家の挑戦を受けて、有名なワインライターのセレナ・サクトリフやトニー・ロードを派遣し、同社秘蔵のシャンパンの利酒をしたことがある。この時に1911、1914、1921というような年代物が抜栓されたが、その素晴らしさに、口のうるさいこれらの強者が唖然としたそうだ(もっとも、この60年を超す古酒は、もはや泡も立たず、シャンパンというより絶妙な白ワインになっていたそうだ)。
 
  ポール・ロジェのもう一つの特色は自社畑の多いことで、現在750haの畑を所有し(ほとんどがエペルネ周辺)、自社必要量の45%を賄っている。"伝統は明日の生命"をモットーとする同社のシャンパン造りは、伝統固持の至極手堅いものである。同家はシャンパーニュ地方醸造技術委員会の創始者メンバーの一人でありながら、いかに科学の進歩があっても熟成香の神秘はいまだ解明されていないという信念の下に伝統的な酒造りにあたっている。

 ポール・ロジェ社はノン・ヴィンテージ物(ブリュットとセックがある)も造っているが、特に三種のぶどうと三種の年代物を使ったBrut Sans Anneeは、ホワイト・シールの名で愛好者が多い。売り物はやはりヴィンテージ物で、エペルネ地域の18ほどのクリュでとれたピノ・ノワールを60%、シャルドネを40%使っている。ヴィンテージ物でも特に上物はReseve Special Vintageとして別扱いしている。昔は金のラベルとシールを使っていたが、今ではラベルのない壕に直接PRの金文字が刷られている。これはシャルドとピノ・ノワールの比率が半々になっている。同社のシャンパンのうち根強いファンがいるのがBlanc de Chardonnayで、これはコート・デ・ブラン地区の100%のグラン・クリュだけを使ったもの。同社はロゼも出している他Cuvee Sir Winston Churchillという英国向けの特吟物を造っている。

 ディック・フランシスの『黄金』 (早川書房刊) の中で、金相場で産をなした大富豪が、ポール・ロジェの1979年物を50ケースはどワイン商に注文したことを知って、子供たちが親父は頭が狂ったのではないかと驚くくだりがある。それもそのはず、このCuvee Sir Winston Churchillは、きわめて特別の品で25000ポンド (邦貨約580万円)もするからだ。
 
  ロジェのシャンパンの特色はなんといってもその熟成感にある。泡立ちこそあまり強くないが、長い熟成による精妙で際立ったブーケ、果実味や酸味と他の諸要素との実に良くとれたバランス、すっきりしてかつしっかりした口当たり、そして長く漂うさわやかな後味をもっている。いうならば、高貴な英国紳士のように節度をはずさず、いつも信頼するに足る友人のようなもので、飲んで裏切られることがない。

 

ラベル、キャップ、液面の状態は良好です。

$189.99→159.99

Sugot-Feneuil Brut Blanc de Blancs Carte Perle N.V. (1996)

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シュゴ・フヌイユ N.V.(1996) ブリュット・ブラン・ド・ブラン・カルト・ペルル

樹齢30年超のクラマン村の自社畑のみを使うこだわりのRM!

シュゴ・フヌイユは4代に渡って続くRM(レコルタン・マニュピュラン)の蔵元です。シャルドネのグランクリュ100パーセントの畑として有名なクラマン村に4haの畑と周辺の一級畑に3haの畑を所有しており、自社畑のブドウのみで品質を追求し、頑なな信念を持って経営しています。

ここで造られるのは、樹齢30年以上のシャルドネ100パーセントからできるブラン・ド・ブラン。収穫はもちろん全て手摘みで行われ、ステンレスタンクで16~18℃で発酵させ、マロラティック発酵も実施します。その後約3年間、瓶熟成して出荷します。

今回ご紹介するブラン・ド・ブラン・カルト・ペルル(「真珠のカード」の意)はノン・ヴィンテージとなっていますが、ラベルにL96 01の刻印があるので、1996年ヴィンテージと思われます。

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$99.99

Ulysse Collin Blanc de Noir Extra Brut Les Maillons N.V.(2010)

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ユリス・コラン N.V.(2010)ブラン・ド・ノアール・エクストラ・ブリュット・レ・マイヨン

軽やかなのに、複雑玄妙な味わい!さすがセロスの弟子!

ジャック・セロスの弟子の一人。セロス同様、ブラン・ド・ブランをメインに造っていますが、ごく少量造られるブラン・ド・ノアールが素晴らしい。

ミレジメ(いわゆる「ヴィンテッジ・シャンパーニュ」)を名乗ってはいませんが、実際には単独年産(モノ・アネ)のブドウだけで出来ているシャンパーニュです。

品種はピノ・ノアール100%で、コート・デュ・セザンヌにあるバルボンヌ・ファイエル村のMaillons(マイヨン)という区画(2004年からこの区画を耕作している)からのブドウで造られています。ロット番号がL10となっていますので、2010年ヴィンテージと思われます。デゴルジュマンは2014年3月です。

 

ユリス・コラン
コラン家は、コンジィ村で約200年前からブドウを栽培しています。曽祖父のジョルジュ・コランが1930年にシャンパーニュの販売を始め、それを受け継いだ祖父のルネ・コランが、その後50年間ビジネスを拡大しました。 
転機は2004年に当主のオリヴィエ・コランがジャック・セロスの元で修行後、このドメーヌ「ユリス・コラン」を創設したこと。この2004年にファーストヴィンテージとして5400本を送り出しました。

オリヴィエは語ります。「アンセルム・セロスのもとで学んだ経験から啓発を受け、2004年から畑の栽培方法を根本的に変えることにしました。テロワールを表現するワインを造るために、除草剤をやめ、耕作方法を変えました。土壌が生きていなければ、ワインの中にミネラルの味わいが生まれません。個性ある味わいのワインを表現するために、畑に傾注した作業の延長線上に立って、発酵は野生酵母だけを用い、小樽で熟成させ、清澄・濾過をせずにビン詰めします。土壌に含まれる塩味の風味を表現するために、ドザージュは僅か、ないしゼロです。」

 

「恐るべき子供再び 脅威のブラン・ド・ノワール」 読売新聞 「ワイン漬けDiary」より (2010年12月6日)(すでに記事はサイトから削除されています)

「ジャック・セロスのアンセルム・セロスには、何人かの弟子がいる。弟子といっても、もたれあうウェットな師弟関係ではない。

 セロス自身が変幻自在。進化を続けている。自らの手法を押しつけるタイプでもない。優れた弟子は技を盗むのではなく、セロスの哲学からエッセンスを抽出し、自分の型を築く。自問自答を続けるセロスに学んだなら、セロスを表面的に模倣しても無意味なことは理解しているだろう。

 直系の弟子としては、ジェローム・プレヴォー、ヴェット・エ・ソルヴェ、ラルマンディエ・ベルニエ、ユリス・コランなどの生産者がいる。私が最も気になるのはユリス・コランのオリヴィエ・コランである。比較的、広い畑を持っている。大手メゾンに貸していたものが戻ってくれば、可能性が広がる。伸びしろがある。

 シャンパーニュ好きを驚かそうと、今年最も衝撃を受けたコランのブラン・ド・ノワールを開けた。本当はあと1年くらいおきたかったが、パリで購入したものも含めて3本の在庫がある。まだまだ余裕である。

 8月に開けた時より進化していた。酸の角がとれて、赤いベリー系の香りが開き、全体のバランスがまとまってきた。一緒に飲んだのは、レベルの高いシャンパーニュ・マニアだったが、さすがに驚いていた。色合いはまさに山ウズラの目。セニエで醸したロゼのようだ。しなやかなタンニンを感じる。これはもうシャンパーニュではなく、ワインである。

 セロスがシャルドネから造るブラン・ド・ブランは、米国で「スパークリング・コルトン・シャルルマーニュ」と呼ばれた。その言葉を借りれば、ピノ・ノワールのみで醸すこのブラン・ド・ノワールは「スパークリング・シャンボル・ミュジニィ」とでも呼びたくなる。ピノの優美さがきれいに表現されている。セロスのラ・コート・ファロンほど自由に羽ばたく感じはないが、洗練された美学が宿っている。

 このワインがすごいのはブドウの力による。収穫時の潜在アルコール度は、12度を超していたそうだ。一般的なシャンパーニュのブドウは、せいぜい10~11度で収穫される。補糖して、瓶内二次発酵を経て、12・5%のアルコール度が普通である。このブラン・ド・ノワールは13・5%以上のアルコール度を誇る。ボディの豊かさとそれを支える酸、エキス、タンニンがたっぷりとある。

 高い密植度、低い収量、リュット・レゾネなど、様々な要因があるのだろうが、ブドウの力からして違う。若き造り手はセニエのロゼにも挑戦しているそうだ。プレヴォーもロゼを少量生産している。こちらはパリで入手した。両方のロゼを比較したかったが、かなわぬ夢となった。当分は、コランを飲みつなぐとしよう。

 セロスは1990年代に世界で注目されたとき、「アンファン・テリブル」(恐るべき子供たち)と呼ばれた。既成の価値観を打破したことから、コクトーの小説にちなむ呼び名をつけられたのだ。そのセロスが今や、メンターとなって、新たな子供たちが生まれている。時代は繰り返す。

 1年に1度は飲みたい度 94点

 シャンパーニュ ユリス・コラン ブラン・ド・ノワール NV」

 

ラベル、キャップ、液面とも状態は良好です。

$99.99

Veuve Clicquot Brut Rose Reserve 1990

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ヴーヴ・クリコ 1990 ブリュット・ロゼ・リゼルヴ

大幅値引き!
四半世紀を超えて、今なお最高のヴィンテージ1990年!

世界で初めてロゼを世に出したクリコが良年にのみ造るロゼ・リゼルヴ!

「管理人も試飲しました。色は枯れたオレンジ色を思わせますが、濃い色をしています。泡立ちもまだ十分にあり、熟成して丸みを帯びた全体像が印象的です。収穫後26年経過していますが味わいも力強いです。」

クリコはロゼ・シャンパーニュを初めてリリースしたハウスとして歴史にその名を残しています。1775年にスイスへ初輸出してロゼ・シャンパーニュで有名になり、それ以降クリコは良い収穫年にロゼ・シャンパーニュを造り続けています。

クリコのロゼ・リゼルヴは、特別に優れた作柄年に造られる、ヴィンテージ・シャンパーニュです。ちなみに、1990年代におけるヴィンテージ・ロゼの名高い年は、1990、1995、1996、1998年です。実際このシリーズは、1999年ヴィンテージから「ロゼ・リゼルヴ」から「ヴィンテージ・ロゼ」と名称変更されています。

ロゼ・リゼルヴは、白のヴィンテージ・シャンパンと同じブレンドに、ブージィの自社畑から収穫された赤ワインを15%程度加えて造られます。

 

ヴーヴ・クリコ
1772年にランスの銀行家で衣料商だったフィリップ・クリコが多角事業を行う企業を「クリコ」の社名で設立したのが起源です。

その後、息子のフランソワがシャンパン造りに熱中したのですが、若くして病死してしまいます。最愛の息子を失ったフィリップはワイン事業を売却するるもりでしたが、フランソワの未亡人ニコルが経営を引き継ぐことを決心し、シャンパン事業と他の事業を切り離し、1810年に「ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン」と改名することで本格的にシャンパンを生産していきます。

彼女の成功の鍵の一つは、当時、誰もが四苦八苦していた澱のない透明度の高いシャンパンを、いち早く完成させたことでした。それはシャンパンの製造過程で、ピュピートル(pupitre)と呼ばれる穴のあいた台に、ボトルの頭の方を下にして差し込み、数週間の間、毎日少しずつ回転させる方法(ルミュアージュ)を考案したのです。

その後、彼女は大胆で想像力と行動力で、シャンパンを世界の王室にプレゼントするなどしてシャンパンを世界に広めました。特にロシア宮廷へはマダム自ら精力的に売り込み、その味わいが評価されてロシアの上流階級はクリコしか飲まないとまで言われるほどになりました。

ヴーヴ・クリコを長年にわたって率いたマダム・クリコは、28才で未亡人となりました。当時のフランスでは、女性が働くことはタブーでしたが、生計を立てるために、未亡人だけは特別に男性と並んで、社会的に働くことが認められていました。もし、夫が長生きしていたら、偉大なシャンパン・メゾン、ヴーヴ・クリコはこの世に存在し得なかったかもしれません。

彼女は89歳で亡くなりましたが、フランスの美徳と、すばらしい料理とワインの楽しみ方を世界に残しました。1987年ヴーヴ・クリコ社は「ルイ・ヴィトン」と合併し、現在、LVMHグループの一員として強固な国際ネットワークをもっています。 

 

ラベル、キャップ、液面の状態は良好です。

$139.99→119.99